著名人の方からのコメント

炎があって、僕がいる。 安全性・機能性で話題の最新ガス調理機器「ピピッとコンロ」を使って行われる、東京ガスの料理教室。今回キッチンランド江戸川で開催された料理教室の講師は、素材の特徴を最大限に生かしたイタリアンが話題沸騰の、イタリア料理「パッソ ア パッソ」オーナーシェフ、有馬邦明さん。基本のトマトソースを使い、オムレツほか4品を教えてくださいました。素材に対する、情熱的で真摯なまなざしが印象的な有馬さんにインタビューしました。



有馬 邦明さん 有馬 邦明さん 「パッソ ア パッソ」オーナーシェフ

1996年から、トスカーナをはじめ北イタリアで修行を積む。2002年2月門前仲町に、オーナーシェフとして「パッソ ア パッソ」をオープン。素材にこだわり、旬の素材の味を最大限に活かした料理が人気で、多くの雑誌等で話題に。



旬、育て方、作り手、気候、風土などを見極め、素材の持ち味を最大限に生かした美味しい料理を追求したい。

Q.1:

予約が取りにくいほど大人気のイタリアンだと伺っていますが、数ある料理の中から、イタリア料理を選ばれたのはなぜでしょうか。

有馬:

実は僕、最初からイタリア料理のシェフを目指していたわけではないんです。はじめはフランス料理がやりたくて、調理師学校に入学しました。僕は三人兄弟なんですが、自分のことは自分でやって初めて生活が成り立つという考えのもと育ったので、食事の準備を当番制でやっていました。といっても母のサポートですが。だから、僕にとって料理することはごく自然なことで、嫌いじゃなかったんですね。小学校三年生の時、父が初めてフランス料理を食べに連れて行ってくれたんです。そこで出てきたデザートのクレープシュゼットが印象的で・・・自分で作りたい!って思いました(笑)。だから、学校でも西洋料理の製菓クラスを希望したんです。いつしか、本場フランスでフランス人シェフが作るクレープシュゼットを食べたい、と思うようになりました。

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Q.2:

何か、大きな変化があって、イタリア料理のシェフに?

有馬:

きっかけは、たまたま学生時代にアルバイトをしていたレストランだったんです。自宅近くでバイトを探していたところ、店構えが非日常的な雰囲気を感じさせる、重厚な洋風のお店を見つけました。そこで働きたいなって思ったんです。そのお店がたまたまイタリア料理のレストランだったんですね。そこで働きながらも、やっぱりフランス料理が一番と考え、いつかフランスに行きたいと思っていました。でも、オーナー夫婦がとても面倒見の良い方で居心地もとても良く、そのままそこへ就職したんですよ。そしてそこを独立する先輩についていった先で、画家であるお客様から、イタリアで3か月修業させてくれるお店を紹介されたんです。そのお店は北イタリアのミラノにあったので、終わったらフランスに行ける!と思った僕は、ミラノに行くことに決めました。

Q.3:

そこで、心に大きな変化が?

有馬:

そうですね。最初のうちは、フランスへ行く前の情報収集のつもりでした。だから、実はフランス語の辞書しか持っていかなかったんです。早く終わらないかなって気持ちが行動に出るのか、次第に店の人からも「あいつは何しに来てるんだ?」という目で見られるようになり、居心地の悪さを感じるようになっていました。その一方で、イタリア行きを世話してくれた人の友人であるイタリア人夫婦がいい方たちで、毎週僕にイタリア語や買い物の仕方などを教えてくれていたんです。彼らを裏切るようなことは出来ない、これではいけないと思いました。そこでようやく、イタリア語の辞書を取り寄せたんです。そして、初めて書いたのが料理長に宛てた「もう少し居させてくれないか」と言う言葉でした。「もちろん!居たいって思ってくれるんなら、いくらでも居てくれていいよ!」という返事に、イタリアの人ともっと仕事がしたい、イタリアの料理をイタリアの人のために作りたいと、改めて思いました。その後夏休みを使ってフランスへ行ってみたのですが、やっぱりイタリアに戻ってくるとほっとしていましたね。

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Q.4:

それから帰国後、ご自身でイタリア料理のお店をオープンなさったのですね。

有馬:

はい。イタリア料理はフランス料理に比べて、コースだけでなくアラカルトでも完結します。パスタやピッツァ、リゾットがあって、日本人好みの粉ものや麺、米もあり、間口が広くて日常的な料理です。最初は、家庭的な料理を手頃な値段でお出ししていました。でもある日、金額は高くてもいいからフルコースを作ってくれと、お客様からオーダーをいただいたんですね。正直、困りました。家庭料理中心だったため、高級食材について何も知らなかったんです。オーナーシェフですから、使えない素材をなくさなければいけない。ゼロからのスタートでした。素材が高ければうまいわけではない、いかにその素材の持ち味を引き出すか。日常食べて飽きないのがスローフードと思っていた僕は、初めて、素材の育った土地柄や気候、水、作り手、旬などが重要だと気付き、勉強に燃えました。そうなると、イタリアの素材をそのまま出しても、日本で美味しいとは限らないんです。そして、日本における最高の料理のために、日本全国をまわりました。その食材を最大限に生かすためにも、中華も和食も全て勉強しましたね。これがターニングポイントとなり、イタリア料理がさらに好きになりました。今では、ミラノのレストランを紹介してくださった画家であるお客様の絵も、店内に飾ってあるくらいです(笑)。


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