著名人の方からのコメント

炎とは、いい緊張感が生まれるものです。 安全面、機能面で格段に進化した最新式ガス調理機器「ピピッとコンロ」を使って行われる、東京ガスの料理教室。今回キッチンランド石神井において開催された料理教室の講師は、料理研究家 植松良枝さん。スペインの香りただようピンチョスなど、料理4品を教えてくださいました。いつも旬を大切にし、季節感あふれる料理を提案されている植松さん。その植松さんにインタービューしました。



植松 良枝さん 植松 良枝さん 料理研究家

神奈川県伊勢原市生まれ。料理雑誌のアシスタント、レストランやカフェなどに勤務後、料理家・有元葉子氏のアシスタントに。2003年5月から本格的にフリーとして活動。仕事の合間をぬっては国内外を旅行し、その土地ならではの食文化にふれ、「おいしさ」の原点を探る。自家菜園での野菜づくりも8年目となり、ライフワークとして定着。ライフスタイル、野菜づくり、しつらい、料理、スイーツまでトータルで提案できる料理研究家。



幼い当時は、今思い返すと、日々の生活そのものが食育でした。

Q.1:

料理研究家を目指されたきっかけは?

植松:

子供の頃、私の実家は何でも手作りする家庭だったんですね。たとえば、そばやうどんもすべて家で製麺するとか。食べるものは家庭で作るというのはごくふつうのことであり、よく下ごしらえのお手伝いもしていたので、口に運ばれるまでの工程が自然と身近に感じられていました。自分からすすんで近所の子を集めてクレープパーティを企画したり、毎年バレンタインチョコ作りも自宅で開催し、準備から片付けまで全て自分でしていました。母も祖母も口をはさむこともなく自由にやらせてくれたので、部屋の飾り付けやおもてなし方法まで、完全セルフプロデュースでしたね(笑)。そうやって食を楽しむことが自然に身についていったんだと思います。

photo
Q.2:

その経験から、本格的に料理研究家の道に?

植松:

実は大学では、社会福祉学を専攻していたんです。老人福祉における行事食や会食、イベントの実施調査を卒業論文のテーマにしました。楽しくおいしく食べることについて、そこで考え学びましたね。その後は、漠然と会社員には向いてないなと感じ、フリーの道へと進んでいました。料理本を制作する方向に興味がわきデザイン学校に通ったり、作り手側の勉強もしたいとフードコーディネーターの学校に通ったり。そのかたわら、雑誌社でアシスタントとして料理雑誌の制作にもたずさわりました。レシピ作成におけるポイントなどは、そこで学びましたね。ただ、フードコーディネーターの学校では、包丁を握る授業はありませんでした。なので、料理を作ることをもっと知りたいと思い、雑誌社の仕事が終わった後はベトナム料理店でバイトを掛け持ちするという生活をしていました。

Q.3:

昼間と夜のお仕事をかけ持ちだと、大変でしたね!

植松:

20代だったので、体力には自信がありましたね(笑)。その後は、もっと料理について勉強したいと、レストランで働きました。そのお店が面白かったんです。和がメインのお店にもかかわらず、和の料理人だけでなく、フレンチやイタリアンのシェフなどいろんなジャンルの方がいらしたので、何を質問しても何でも教えてもらえました。おかげで、料理を作るということを、いろんな角度から勉強することができましたね。そのお店も好きだったのですが、ある時友人から当時のカフェブームもあって、カフェのキッチンを任せられないかと声をかけられました。そこではカフェだけでなく、パーティのケータリングメニューのプロデュースもさせてもらい、季節ごとのメニュー提案、大人数のパーティメニューづくりなど、レストランとは違ういろんなことを学びました。

photo

Q.4:

食に関する多くのことを、トータルで勉強なさっていらしたのですね。

植松:

そうですね。縁あって北欧のお仕事も引き受けることになったり、海外に滞在したり各国を旅行するなど、その土地ならではの食文化に触れる機会ももらいました。旬の野菜をたっぷり味わえる季節感溢れる料理を作りたくて、実家の畑で自分で野菜を栽培しはじめたのもちょうどその頃です。そんな中、自分で独立してやってみようと思いたち、現在に至っています。実家の伊勢原や世田谷のアトリエでは、私が栽培した野菜を使っての料理教室も開催しているんですよ。


次のページへ