著名人の方からのコメント

炎は、とてもわかりやすいです。 機能性、安全性ともに格段に進化した、おしゃれな最新式ガス調理機器「ピピッとコンロ」を使って行われる東京ガスの料理教室。キッチンランド目黒において開催された今回の講師は、広尾のイタリアン「オステリア ルッカ」のオーナーシェフ、桝谷周一郎さん。春を感じて思わず笑顔になる、幸せレシピ4品を教えてくださいました。飾らない笑顔で出迎えてくださった桝谷シェフと、旬の食材を使った簡単イタリアンに、皆さんとても満足そうな笑顔でした。講座修了後、桝谷シェフにインタビューしました。



桝谷 周一郎さん 桝谷 周一郎さん 「オステリア ルッカ」オーナーシェフ

1973年1月10日、東京神楽坂生まれ。16歳から料理の道に入り、フランス料理「日本青年館・東洋軒」「トリアノン」で修行後、東京都内のイタリア料理店に入店。1994年から約3年間、北京のイタリア料理店シェフを勤め、腕を磨く。帰国後、名店を周り、98年若干25歳で代官山に「オステリア ルッカ」をオープン。わずか10席あまりという新しいスタイルのお店として人気を博す。2004年、広尾に移転。誰にでも作れる料理を誰よりもおいしく作るのがモットー。



常に、自分の大切な人に食べさせるつもりで料理を作っています。

Q.1:

子供の頃から料理人になろうと思っていらしたのですか。

桝谷:

photo僕の曾祖母は明治の時代に渡英した人で、洋風プリンなど幼い頃から食べていたんです。しかも祖母は栄養学の博士で本も出していて、当時としては画期的な料理を作ってたんですね。その影響が強かったのはあるかな。さらに母が仕事をしていたので、おじいちゃん子だった僕は、祖父からいろんなことを学びました。当時祖父は銀座に食関係の店を持っていて、本物の味をよく知っていました。祖父はいつも、「良いものを食べなさい」と言っていました。なので、当時食べに連れて行ってくれたオムライスやたらこスパ、あさりのスパゲティの味は今でも忘れられません。その味は、当時のまま今も再現することができるくらいですよ。料理するのも好きで、たまたま作ったものを近所のおじさんに褒められたのが、今でも印象に残っています。

Q.2:

それがきっかけで料理人を目指されたのですね。

桝谷:

そうですね、このままではいけないなと感じていた学生時代に姉から、何か将来のために今から考えておかないと、と言われた時に、近所のおじさんに褒められたことを思い出したんです。料理なら自分もできる、母や兄弟、そして祖父に、自分を自慢させたい、という思いが湧いてきたんですね。そして、料理の専門学校に進みどんな厳しさにも耐えました。どん底も味わいましたし、大きな挫折感も味わいました。自分の責任は自分でとる、ここで逃げたら後がないと感じていました。だから、いろんなことを乗り越えることができたし、今があるのだと思います。

Q.3:

ところで神楽坂ご出身と伺うと和食のイメージですが?

桝谷:

photo子供の頃から、蕎麦や鮨、からあげも大好きでした。鮨屋にもなりたかった(笑)。15歳の頃、「料理で女を落とせ。女にモテるには料理だ!」と言いきる方に出会ったんです。彼のデザートの盛り付けは素晴らしく、それはまさに感動的でパティシエになりたいと思ったくらいです。華やかな盛り付けや、盛り付ける姿がカッコイイと思いました。美しい盛り付けのために美術館を巡ったり、葉が落ちるところを見ても何かを感じられるよう、感性を磨くことに注力しました。そして、自分のお母さんに食べさせる気持ちで作れと教えられました。だから僕自身、下の子が手抜きをしていたら、徹底的に意識改革をします。技術的なものは、努力でなんとかなるものだから許すんです。でも、気持ちは違う。相手を想う気持ちが一番なんです。それは僕のポリシーでもありますね。


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