著名人の方からのコメント

炎という字は、人と人とが支え合っています。 機能的で安全、便利な最新式ガス調理機器「ピピッとコンロ」を使って行われる、東京ガスの料理教室。一流シェフのお店の味が自宅で簡単に再現できると、毎回ご好評をいただいております。キッチンランド横須賀において開催された、東京ガス料理教室100周年記念料理教室の講師は、鎌倉「凛林」のオーナーシェフ、林清隆さん。100年後にも伝えたい、夏の暑さにも食欲をそそる人気メニュー3品を教えてくださいました。“静寂を味わってほしい”と奥鎌倉にひっそりと佇む「凛林」さん。その贅沢な自然の静けさの中、林シェフにインタビューしてきました。



ヤミーさん 林 清隆 「凛林」オーナーシェフ

高校卒業後、中国福建料理龍虎殿入社。1996年フジテレビ系「料理の鉄人」助手に付きレギュラースタッフとして3年間勤める。その後、HEY!HEY!HEY!、奇跡の人、サイコメトラーエイジ他 テレビ雑誌で活躍。 2003年料理人である父 りんくんびプロデュースの鎌倉「凛林」の代表となり、現在に至る。



自分の家のようにゆっくりしてもらえる空間を作りたい。

Q.1:

シェフになろうと思ったきっかけを聞かせてください。

林:

photo父も中国料理の料理人で上野に店を構えていましたが、当時中学生だった僕は、まったく料理人に興味がなかったんです。陸上部に入り、部活に明け暮れていました。あるときテレビで、魚屋さんの番組をやっていたんですね。その番組で、僕と同じ中学2年生の息子さんが、バリバリ魚をさばく姿が映っていて……それがものすごくカッコ良かったんです!料理人になりたかったわけではなく、ただそのカッコ良さに憧れ、早速翌日から厨房に入るようになりました。そこで、刺身包丁と中華包丁が違うということも初めて知ったんです。刺身包丁は長細く、中華包丁は重くて大きいんですよね。モノの良し悪しと言うか、道具一つをとっても違いがあることを知りました。

Q.2:

それから中国料理一筋に修業されたのでしょうか。

林:

いえ、うちは家族4人でテニスをするような家庭だったんですが、僕自身も高校でテニスを始めました。実は、テニスで大学に入れる程の実力があったんですよ。でも、テニスで飯を食うほどの実力はなかった(笑)。店にもまかないや手伝いに入るようになっていて、ソバをあげたりもしていましたが、卒業の頃、テニスと料理どちらの道に進むか悩み始めたんです。両方やりたい、でも、テニスで飯は食えない。それなら料理を仕事に、テニスは趣味にしようと思って。大学に行くよりも、早く料理の道に入って体で覚えた方がいいと考え、この道に入ることに決めました。何年か店舗で修業したあと調理師学校に通いましたが、先に店で働いていたことで、授業でやることが理解できて楽しかったですね。学校に通いながらアルバイトをしましたが、八百屋で旬や美味しい野菜を学び、パスタ屋で経営や人の使い方を学び、現在に生きていると感じています。

Q.3:

現在のお店、「凛林」をオープンなさったいきさつを教えてください。

林:

photo学校を出たあと、父の経営する中国料理店のうち関内の店で三番手を務めて料理長になり、本店に移って調理部長を務めました。お客様と接しながら経営的なこともやり、「料理の鉄人」でスタッフの経験も積みました。あるとき上野の店でランチタイムのお客様を見て、ふと思ったんです。1時間の限られた時間を使い、タバコを吸ったりくつろいだりして、実際食事をする時間は20分くらいしかないんですよ。平日に自分の家のようにゆっくりできる空間を作れないだろうか、と。そこで出会ったのが、この場所だったんです。1組1組を大切にしたいので、オープンしたことも大々的には宣伝しませんでした。でも、プレオープンの時に来てくださった方の口コミで、徐々に広がっていったんです。当時一軒家の中国料理店というものがなかったので、特に話題になったのでしょうね。ここ奥鎌倉では春は水仙や梅、梅雨の時期には紫陽花、秋には紅葉と、自然と静寂をゆっくりと味わっていただけます。


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