著名人の方からのコメント

炎とは、調味料のひとつです。 安心、安全、機能的な最新ガス調理機器「ピピッとコンロ」を使って行われる、東京ガスの料理教室。今回は、東京ガスの料理教室でも講師を務めてくださっている、「日本橋ゆかり」店主 野永喜三夫さんにインタビューしました。雑誌やテレビでもご活躍の野永さん。家庭で美味しい和食を作るコツや趣味を生かした料理について、興味深いお話を伺いました。



きじまりゅうたさん きじまりゅうたさん 料理研究家

1972年、東京都出身。服部栄養専門学校を卒業後、村田 吉弘氏がオーナーを勤める「株式会社 菊乃井」に入社。25歳で実家の「日本橋ゆかり」に戻る。2002年に料理の鉄人JAPAN CUP'02で総合優勝。その後、NYタイムズ紙に日本を代表する若手料理人として選ばれ、『世界の料理人』として認められる。様々なメディアや雑誌、海外での活動を行い、独自の料理世界から生み出される新しい日本料理を発信し続けている。



まずは真似から入ろう、そして理論的に把握していこうと思いました。

Q.1:

子供のころから食の世界を目指していらしたのですか。

野永:

photo自分の家が日本料理店だったので、遊び場が店という環境でした。自分は長男で3代目に当たるので、将来料理人になることは意識していましたね。ずっと親父の背中を見て育ち、あこがれもありました。物心がついたときから板前になるというビジョンがありましたし、負けん気の強さと3代目という自覚が背中を押してくれていた気がします。勉強はできなかったかな。やらないと覚えないのでとにかくやってみて体で覚えましたね。材料に恵まれた環境ではありましたが、出来て当たり前。かつらむきなどとにかく自分で努力しましたよ。そんな時、父から修行に行くように言われたんです。

Q.2:

修行ではどんなことを学ばれましたか。

野永:

菊乃井で修行したのですが、そこで出会ったのがオーナーの村田さんでした。団結心の強い職場でしたね。その中でも村田さんはカリスマ料理人で、特に光っていらっしゃいました。常に先を見据え、世界を見て、いち早く発信なさっていたんです。既存の京都の店に比べ、これからはカウンター割烹スタイルで技も見てもらう新しいタイプの新和食だ!と、取りくんでいらっしゃいました。器、あしらい、しつらい、サービス、料理の意味…すべてにおいて勉強になりました。その中でも特にサービスにおいては気遣いが素晴らしく、自分には足りないところでしたね。まずは真似から入ろう、そして理論的に把握していこうと思いました。その結果、なぜこういうことをするのかと自分で納得し、答えを出せるようになりましたね。

Q.3:

趣味も幅広いと伺いましたが。

野永:

そうですね、なんでもやってみます。彫刻や陶芸、それから料理の絵コンテのデッサンも自分で描きますね。料理教室でも、まずは出来上がりをイメージしてレシピを作ります。料理はアートなんですよ。それがファイリングされていくと、商品開発にもつながります。自分のイメージをどのように作るか、どのように見られたいかを戦略的に考え、ブログも全部自分でデッサンしますね。今は情報社会なので、海外の方にもわかりやすいよう写真も撮ってアップしています。うちの店も実は自分でイメージし、絵コンテを描いて話し合い、その結果、東京建築賞も受賞しているんですよ。菊乃井では器使いも学びましたが、今は自分でもデザインしています。オーナーは必ず自分で包丁を握れないとだめ、ということも学びました。今はオーナーとシェフが違う店も多く、イメージの実現が難しいんです。ダメになるお店も多いですよね。器、しつらい、料理まですべて自分のイメージを表現するためには、趣味が生きていると思います。


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