著名人の方からのコメント

炎とは、味の決め手です。 機能的で安全、便利な最新式ガス調理機器「ピピッとコンロ」を使って行われる、東京ガスの料理教室。一流シェフの味が自宅で簡単に再現できると、毎回ご好評をいただいております。今回のシェフは、「資生堂パーラー」銀座本店調理長、井上直久さん。一味違うオムライスは毎回大好評です。長年にわたり資生堂パーラーの歴史とともに歩まれてきた、井上調理長にお話を伺いました。



井上直久さん 井上直久さん 「資生堂パーラー」銀座本店調理長

1967年東京生まれ。1986年、株式会社資生堂パーラー入社。都内、横浜などの店舗を経て2001年、資生堂パーラー銀座4丁目店調理長に就任。2008年、レストラン事業部エリアマネージャー、2012年、資生堂パーラー銀座本店調理長に就任する。



料理は、少し手間暇をかけるだけでぐっと変わるんです。

Q.1:

なぜ調理人になろうと思われたのですか。

井上:

photo実家が商売をやっていたんです。飲食店ではありませんが、モノを作るという機会が多かったんですね。小学校に入る前から作ることが面白くなってきて。高校に入ってから始めたアルバイト先が飲食店でした。居酒屋でしたがチェーン店ではなく、料理も手作りなんですよ。僕も塩辛とか作っていましたが、ふだん食べているものを自家製で手作りすると、こんなに面白いのか!と感動しました。

Q.2:

もともと洋食がお好きだったのでしょうか。

井上:

実は個人的には和食、中華が好きでした(笑)。手作りに目覚めてからは、調理師の専門学校へ行きましたが、学校では全課程勉強するんですよね。これがやってみると、面白かった。その後学校の紹介で夏の2か月間アルバイトしましたが、その先が洋食で、今度は洋食とパンに目覚めてしまって(笑)。洋食の面白いところは、例えば慣れ親しんだグラタン一つとっても、同じものなのにやり方一つでツヤが出たりするんですよ。手間暇をかけるとぐっと変わるということなんです。何のために手を加えるのか学ぶことが多く、知ることが楽しくなりました。パンも食べるのが好きで、焼き上がりの香りなど惹かれるものがありましたね。でも粉アレルギーが出て、これは無理かな、と。

Q.3:

なぜ資生堂パーラーに入ろうと思われたのですか。

井上:

どこに入りたいか探すとき、自分でもいろいろ食べ歩いてみました。学校からは当時全盛期だったホテルを勧められたのですが、セクションごとに分かれたホテルより、自分で作ることのできるレストランを選んだんです。入社して最初はウエイターからのスタートでしたが、比較的早い段階で運よく飲料、調理と空きが出て、作ることに携われるようになりました。とにかく次の仕事を早く覚えたくて、朝早く出勤し夜遅くまで働きましたね。そうこうするうち、会社からフランスへ行くチャンスをもらい、渡仏しました。そこでは、楽しかったけれどつらいことも多かったです。なにしろ拘束時間が長い(笑)!日本でも資生堂が運営するフレンチレストラン、ロオジエのシェフからたくさんのことを学びましたが、フランスでも基礎は同じでした。そのため、言葉の壁はありましたが、やれといわれたことは出来ていたと思います。その後はエリアマネージャーもやりましたが、やっぱり僕は作ることが好きだと実感しましたね。


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