著名人の方からのコメント

炎とは、料理人とのセッションで、食材の可能性を無限に広げるものです。 安心・安全・便利な最新式ガス調理機器「ピピッとコンロ」を使って行われる東京ガスの料理教室。今回は、キッチンランドの料理教室で講師を務めてくださっている、銀座「六雁」総料理長 秋山能久さんにインタビューしました。ストイックな眼差しで、静かに熱く語られる秋山さん。そのこだわりや野菜への思いなど、興味深いお話を伺いました。



秋山能久さん 秋山能久さん 銀座「六雁」総料理長

茨城県出身。高校卒業後に上京し、東京・学芸大学「割烹すずき」にて10年間修業を積む。その後「月心居」にて精進料理を通じて今後の料理人としての在り方を学び、2005年に「六雁」の料理長に就任。



野菜の世界に衝撃を受けました。野菜はエネルギーとパワーを持っているんです。

Q.1:

料理人になろうと思ったきっかけを教えてください。

秋山:

僕は田舎育ちで、特に家が料理屋というわけではありませんでした。モノづくりが好きで、小さい頃からプラモデルとか、どうやったら見本のようにうまくできるかを考えていましたね。うちは母ではなく祖母が料理好きで、山できのこや山菜を採ったり、土鍋でご飯を炊いてくれていました。宮大工に近い仕事だったので、ノミを使って細かいものを作っている姿を子供心にすごいなと思って見ていましたね。山の自然を食べていたし、モノ作りには興味がありましたが、料理にはそこまで興味があったわけではないんですよ。

Q.2:

それがなぜ、料理の道へ進まれたのでしょうか。

秋山:

私の父は陶芸が趣味でした。僕は興味がなかったんですが、父と一緒に笠間の窯まで通っていたんです。僕には姉が二人いて、当時ファッションにも興味があったんですが、陶芸の師匠と話をするうちに、「おまえの感性を料理に生かしてはどうか」と言われましてね。行きます!と即答でした。東京に憧れもあり、すぐに目黒のすずきを紹介してもらって18歳で上京しました。当時は、僕の居場所は茨城ではない、東京で一旗揚げるチャンスだ!って思いましたね(笑)。

Q.3:

一番苦労なさったことは何でしょうか。

秋山:

photo最初の店はオーナーと初弟子の僕だけだったので、2人で手探りの状態でした。休みもなくすごく厳しかったけど、契約の10年間は面倒を見てやる、と仕事も食事も面倒をみてくれました。ただ、ライバルがいないんですよ。同世代で切磋琢磨しつつ成長できるスタッフがいない。なので、架空のライバルを自分の中で作り上げるしかなかったんです。お金を貯めて食べにも行きましたが、若造だからと追い返されたこともありましたね。ほかの若手がどんな仕事をしているのか興味もありました。最初はとにかく図書館で気になった本を書きうつして勉強していましたが、お客さまにいろんなお店に連れていってもらえるようになって、たくさん勉強させていただきました。

Q.4:

野菜料理に目覚められたきっかけは何ですか。

秋山:

いつか銀座で働きたいと思っていました。でも、紹介もないし門前払いでね。10年間今のところで頑張って、きちっと務めてから考えるのがオヤジさんへの恩返しだとも思いました。10年経って貯めたお金で世界を周り、世界の食文化も見てきましたよ。1か月して日本に戻ったちょうどその日、来てみない?と誘われたのが、精進料理の月心居です。野菜の世界に衝撃を受けましたね。野菜はエネルギーとパワーを持ってるんですよ!実際、最初はなめていたと思います。入ってみたら、料理はただ作るのではなく心身共に作り上げていく、行の一つだった。まず店に入る前に正座しお願いしますと挨拶してから、身なりを整え外の掃除を1時間。中に入ってピカピカなところでも毎日掃除するんです。正座してお経を唱え、宇宙を感じて無の境地になり、その状態ですり鉢で胡麻をする。厳しくてみんな辞めていったけど、僕は素材に対しての向き合い方、プロフェッショナルなところを見て、いつか盗んでやると思っていたな(笑)。料理に対する哲学も教わり、「料理とは君がためのもの。相手にどれだけの想いを込めて作るか」と聞いた日から、また考えが変わりました。

Q.5:

どのように変化されましたか。

秋山:

かなりストイックな生活でしたね。肉もほとんど食べなくなった。二年くらいして野菜の素晴らしさを伝えていきたいと思っていたところ、六雁の話が持ち上がり、銀座の一等地で働けることになりました。夢は持ち続けることが大切ですね!思っているのは勝手ですから(笑)。お天道様が光を当ててくれたんです。オーナーの考え、前料理長の考えを含め、野菜にスポットを当てて、ここから発信していこうということになりました。野菜は物言わぬもの。素直な気持ちをもって野菜に向き合いなさい、命をお客さまに伝えていくものだ、という思いを今でもスタッフに伝えています。自分なりの哲学、熱い情熱を持っていますね。ポリシーは、ミッション、パッション、ハイテンション(笑)!そして、クリエーションかな。顔の見える生産者のところに足を運んで、心を通わせるってことが、僕は必要なんです。


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