著名人の方からのコメント

炎とは、欠かすことのできない相棒です。 安全性・機能性で話題の最新ガス調理機器「ピピッとコンロ」を使って行われる、東京ガスの料理教室とイベント。今回は料理教室だけでなく、食育教室「味覚のアトリエ」でも講師を務めてくださっている、「赤坂四川飯店」三代目、陳建太郎さんにインタビューしました。楽しくわかりやすいお話で、料理教室でもいつも人気の陳さん。家庭で中国料理をおいしく作るコツなど、興味深いお話をうかがいました。



陳建太郎さん 陳建太郎さん 「赤坂四川飯店」三代目

中華の鉄人・陳建一の長男として東京に生まれる。祖父は日本に初めて四川料理を紹介した故 陳建民。玉川学園卒業後、赤坂四川飯店に入社。父 建一のもと、渋谷「szechwan restaurant陳」にて修行を始める。
2005年から2年半に渡り四川大学へ留学。同時に、四川省成都市にある「菜根香」にて総料理長の曾国華に師事し本場の四川料理を学ぶ。帰国後は四川飯店三代目として赤坂四川飯店に勤務の傍ら、国内外のイベント出演や料理学校の講師をはじめテレビ出演や雑誌取材など精力的に活動中。



食事の時間は、イコール楽しい時間。

Q.1:

子供のころからお父様の仕事を継ごうと思っていたのでしょうか。

陳:

photoいえ、それはなかったです。先代である祖父が中国料理のレストランをやっていたんですが、特にこれといって意識したこともありませんでした。もともと賑やかな家庭で、中国人のシェフや料理人、いろんな友達が家にご飯を食べに来ていたんです。そのころ祖父の家には中華用の円卓やガスコンロがあって、みんなが釣った魚を持ち寄って丸々揚げてみたりとかやっていました。ワイワイガヤガヤ楽しい家庭でしたね。小さい頃から料理人になれと言われたこともないし、なろうと思ったこともありませんでした。食事の時間は、イコール楽しい時間と思っていましたね。

Q.2:

では、料理人になろうと思われたきっかけは何でしょうか。

陳:

高校1年のときの、クリスマスのアルバイトです。同級生が家の近くに住んでいて、その半地下に小さなイタリアンのお店があったんですよ。人が足りないからアルバイトしない?って声をかけられて、行ってみたらおいしそうなパスタがあって(笑)。マスターも良い方だし、まかないもあるんだ!と。いやぁ、ホント美味しくって。それが食べられるならここで働こうと(笑)。それから皿洗いや、サラダとかの簡単な盛り付けをしたり、ちょっとした作り方を見せてもらったりしました。そのころからでしょうか、調理って楽しいなって思い始めたのは。
あとは、中2の頃かな。親父がTV「料理の鉄人」に出ていて、フレンチの坂井シェフを見て、スゴイかっこいい!と思うようになり、フレンチやイタリアンをやりたいって思いました。なので、大学の外国語学科では仏語を選択しました(笑)。その後ちょうど2000年の20歳の時に、「料理の鉄人」の特別バージョンがあって。坂井シェフと父の対決があり、かっこいいなって思ったんです。せっかく実家がレストランだし、しかも中国料理。だったら四川飯店に入ろう!ということで大学を中退し、調理場に入りたいって言ったんですね。今考えたら、そこがターニングポイントかな。

Q.3:

修行時代は何かご苦労はありましたか。

陳:

僕はすぐに調理場に入りたかったんですが、仕事を始めると自由な時間もなくなるからということで、卒業の時期まで放牧されていたんです(笑)。その間アルバイトをしたりフランスに行ったり、ふらふらさせてもらいました。2年後、大学卒業の4月から調理場に入れるよう、卒業の半年前にようやく入社させてもらってホールの仕事から始めました。
もともと温室育ちでしたからね。父親がテレビで現場を切り盛りしたり、中華鍋をリズム感をもってかっこよく振っている姿をイメージして、僕にもすぐにできるだろうと思っていました。もちろん、そうはいきませんよね。そういう意味で、見習い時代は大変でした。半年間ホールをやっていたのもあり、こんなに苦しい思いをするならホールでお客さんと楽しくやった方がいいとも思いましたよ。でも先輩に留められて踏みとどまり、気づいたらなんだかんだと楽しくやっていましたね。仲間ができると切磋琢磨しあえるし。早く終わらせて遊びに行こう!とますます士気が高まりました(笑)。


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